INIAD

これから大学で学ぶ諸君へ

坂村 健
INIAD(東洋大学情報連携学部)創設者

(2026年度 東洋大学入学式スピーチより)

今日は、あえて最初に「おめでとう」からは始めません。
というのは、今、本当に大変な時代で、そこを、あなた方は生きていくという自覚を持つべきだ、という少々きびしい話をさせていただくからです。

今、人類の歴史上、最も時間あたりの変化率が大きい──つまり激変の時代です。あなた方も使っているだろう対話型AI──ChatGPTが登場したのが、2022年の11月。まだ3年半しか経っていないのに、社会はAIによって大きく変わりました。そして、これからもっと、仕事の仕方、勉強の仕方と、どんどん社会を変えていきます。
アメリカや中国では無人のAIタクシーが当たり前に走り、ヨーロッパでは数千人規模のコールセンターがAIに丸ごと置き換わり、ハリウッドではAIが脚本から映像まで作ってしまうからと、脚本家や俳優たちがストライキしている。
日本は良くも悪くも変化が遅い国なので、まだピンと来ない人が多いのですが、世界で起きている社会の地殻変動は、いずれ──あなた方が社会に出る頃には、必ずこの日本にもやってきます。
なぜ、こんなにも変化が速いのか。「AIが自分でAIを進化させている」からです。賢いAIが、より賢いAIを設計する──だから変化に対して慎重で、動きの遅い日本人には、本当に大変な事態です。

こういう激変は、私を含めた大人たちにとっても全くの「未知の世界」です。過去の経験則が一切役に立たないからです。
あなた方が4年後に社会に出る時、世界がどうなっているか──誰にも分からない。ただ一つ確実なのは、「変化し続けること」が「普通」という世界になっている──そのことだけです。
高校3年間、徹夜して必死に暗記した英単語や複雑な数式。歴史年表。今やスマホをかざせば、AIが1秒で完璧な答えを出してくる。
これからの最大の財産は、全部自分で覚えるとか、計算をする力を持つことではありません。特定の知識でもない。「変化を恐れない姿勢」──もう、これに尽きる。

では、知識はAIが出してくれる時代に、人間に何が求められるのか。
これまでは「与えられた問題を速く正確に解く」のが優秀な人間でした。日本の大学もそういう人材を育てるのを目標にしてきた。でも、これからは「解く」のは全部AIがやってくれる。
人間に求められるのは「問題を解く力」ではなくて「問題を立てる力」です。
「今社会に何が必要か」、で「何をやるべきなのか」、「誰をどう幸せにするか」──「ゼロ」から最初の「1」を決めるのは人間にしかできない。「1」から「100」はAIがやってくれる時代になります。
問題を設定し、AIにやらせた仕事を評価し、決断を下す──つまりあなたたちは、AIの「優れた上司」にならなければいけない。こう言うと「社会に出て最初から上司なんて最高だな」って思うかもしれないけど、とんでもなく大変です。
いままでは会社に入って下積みをして、先輩の下で仕事を覚えて、それからようやく上司になれた。でもこれからは、社会に出たその日から強力なAIの部下を使いこなす力を求められる。
しかも一番キツいのは、失敗しても部下のせいにできないこと。部下は優秀なAIなんだから、AIに命じてやらせた結果の責任は全部、上司であるあなた方が負うことになる。

その「優れた上司」になるために絶対に必要なのが、「教養」です。教養については「抽象的な学問や教養より、すぐ使えるスキルだ」と言われた時期もありましたが、それはもう完全に過去の話です。
細かなテクニックはAIが数秒でやる。激しい変化の荒波の中で流されないための錨(いかり=アンカー)になるもの──それが、人間や社会の根源の理解としての「教養」です。
勘違いしないでほしいのは、「教養」とは「何年に、誰それが、なんとか、と言った」のような歴史的な出来事を暗記していることじゃない。それはただのデータで、AIに聞けば一瞬でわかります。

求められているのは、これからの時代のための「真の教養」です。
今、シリコンバレーでも教養が見直されています。AIがプログラミングまでする時代、トップ企業が欲しがっているのは単なるコンピューターのプログラムが書けるだけの「コーディング職人」じゃなく、「曖昧な問題への多角的アプローチ能力」を持つ人間で、それを育てるのが教養(リベラルアーツ)教育だと言われているわけです。
さっき「暗記した英単語なんてAIが1秒で答えを出す」と言いました。でも、もし、その英単語が「ラテン語のこういう語源から来ていて、だからあの言葉とも繋がっている」と理解していたら。数式が「宇宙の基本原理からこう導き出される」と、他の知識とネットワークのように結びついていたら。それはもう単なるデータではない。あなた方の血や肉となった「教養」です。
知識を関連付け、横に繋げていく力──これがAIを使いこなすための強力な武器になる。文系とか理系とかそういう分類は、もう無意味です。シェークスピアから人間の機微を読み解き、同時に量子論から世界を理解する。なにしろ部下であるAIは両方頭に入っているんですから、上司になる人間も大変なわけです。

そして大学も今、古い学部の壁を越えて新しい時代の教養──「AI時代に向けた教養」を、どうやってあなた方に教えるか模索するべき時に来ています。これは私たち大学側の課題であり、東洋大学は新しいAIの時代に向けて、今、動き出しています。

でも、この激しい変化を起こしているAIですが、ただ恐れるものでもありません。人間が変化を生き抜くための最高のバディ(相棒)にもなるんです。人間とAIは互いに連携し、おぎなう関係にもなれるんです。
AIは人類の全歴史を学習し尽くした──いわば、まん丸の「巨大な円」。その巨大な円の中にいる人間は、小さな「星型」です。知識にどうしても偏り(かたより)があるので丸にはなりません。ある分野は詳しいけど、ある分野は全然ダメ。だから人間はAIより劣っている……と思いがちだけど、違う。
その「偏り」こそが、人間の価値です。AIに聞くと、みんなが納得する平均的な「八方美人の正解」しか出してこない。でも人間は、知識の偏り、運、出会い、能力によって、AIの巨大な円を突き破るような「特殊解」を出せる。能力だけでも、運だけでも決まりませんが。
「知らないからこそ生まれる発想」や「常識を知らないがゆえの突破力」を持つのが人間です。だからあなた方は、いくつものトゲトゲを持つ「星型」になってほしい。この4年間で自分のトゲを増やし、鋭く伸ばしてほしい。

そしてこの「偏り」の話は、大学にもそのまま当てはまります。そもそも大学は義務教育じゃありません。勉強する意欲がある人間が、自分の意志で来る場所です。そしてあなた方は数ある中から、この「東洋大学」という私立大学に、自分で選んで来たわけですよね。
国立や公立と違って、私立大学には創立者の強い理念という明確な「偏り」がある。東洋大学なら、井上円了先生の「諸学の基礎は哲学にあり」という考え方です。
哲学で有名な「ヘーゲルの弁証法」を知ってますか? 高校の「倫理」でやりましたよね?──「正(テーゼ)」と、それと反対の意見の「反(アンチテーゼ)」の意見をぶつけて、より高い次元の「合(ジンテーゼ)」を導き出す。実は最先端の生成AIが複雑な推論をする時に使う「CoT(Chain of Thought)」という手法は、AI自身に「本当にそうか? 別の視点はないか?」と反論させて精度を高めているんです。

最先端のAIの頭の中に、何百年も前の哲学の弁証法が入っている。哲学の教養があれば、ブラックボックスに思えるAIの仕組みも理解しやすくなる。AIと哲学は関係がないようで繋がっていたりする。
これがまさに「知識がネットワークとして繋がり、教養になる」ということです。「諸学の基礎は哲学にあり」は、まさにAI時代のための言葉です。
そして、私が東洋大学に作ったINIADは「情報連携学部」ですが、AIとの連携は当然として、一番大事なのは「人間との連携」を考えている学部です。違うトゲを持った人間同士が連携し、AIの巨大な円とも連携する。そうすれば、AI単独では絶対に出せない「多様な特殊解」が出せる。自分と違うトゲトゲを持った人と出会い、ネットワークを作る──これも「大学」という場所の大事な機能です。
計算や処理はAIがやる。あなた方は、言われたこと鵜呑みにせず、物事の本質を「自分の頭で考える力」を深めてください。文系の人はAIや科学の論理に触れてほしい。理系の人は歴史や文学から人間を学んでほしい。変化を恐れず、知的好奇心の赴くままにトゲを伸ばしてください。そして、自分だけの強固なアンカーとなる──いかりとなる教養を身につける。それができるのが「大学」という場所です。
あなた方が、この先の激しい未知の世界を、人間同士の連携と「自分の立てた問い」で力強く切り拓いていく──今日が、そのスタートになれる日となるならば……

「本日」は、入学おめでとうございます。

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